
アドラー心理学に、こんな言葉がある。
「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」
この言葉から得られる示唆は、2つある。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【呪いの行動①】他責にする
「自分は悪くない」
「自分には関係ない」
本当にそうだろうか。
馬の例で言えば、
「馬が水を飲まなかった」という事実だけを切り取って、
自分がもっとできたことを考えない。
水辺まで連れて行った。
でも、その後は?
馬に水を飲ませたいなら、
他にできる努力はなかったのか。
タイミングは考えたのか。
水が飲みたくなるようなシチュエーションにしたのか。
できることを考えたら、キリがないはずだ。
それを全部やって、
「自分には何もできることがない」と言えるほどの努力をして、
初めて「馬は水を飲んでくれなかった」と言う資格がある。
何もせずして、人のせいにするのは愚の骨頂だ。
つまり、
「もっと自分にできることはないか」を徹底的に考えろ。
それが、今すぐできる具体的な行動だ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【呪いの行動②】変えられないものにこだわる
他責とは反対の考えになるが、
「努力だけでは、変えられないもの」がある。
馬の例で言えば、
「最終的に、馬が水を飲むかどうか」という部分。
あなたは馬ではないので、水を飲むことはできない。
他者の最終的な決定は、あなたが変えられないものだ。
つまり、努力をしても変わらないのだ。
自分にできる努力を尽くしたにも関わらず、
変わらないものもある。
それは「他者の課題」である。
これが、アドラーの言う「課題の分離」だ。
悲痛な事実だが、
いくら努力しても変わらないものは変わらない。
それを理解していない人は、
そこを頑張って変えようとする。
たとえば、「上司がムカつく」という愚痴。
その愚痴は、
「変えられないもの」に目を向けている証拠だ。
上司の行動は変わらない。
もし変えられるなら、
「自分が相手に改善を伝える」という行動に目を向けた時だ。
それができないなら、どこに行っても変わらない。
自らの行動を「変えられるもの」として捉えて、
相手は「変えられないもの」と捉える。
つまり、
「自分が今できることは何か。
そしてそれは、相手の課題に踏み込んでいないか」
を徹底的に考えろ。
これも、今すぐできることだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この2つが、「呪いの行動」だ。
① 他責にする
② 変えられないものにこだわる
これをやっている限り、一生幸せになれない。
絶対にやめよう。