
先日、ある就活生に聞かれた。
「社会人になって失うものは何ですか?」
時間を失うことは、本人も想像していた。
ただ、それ以外にも失うものがあるのか。
いろいろな社会人に聞いているという。
僕は逆に聞いた。
「ほかの人は、何て答えているの?」
その就活生は言った。
「みんな、特に失うものはないと言います」
僕は、それは間違いだと思った。
少しだけ考えさせて、と伝えた。
そして、3つ答えた。
- 友達
- 自由
- 正解
僕は、社会人になってこの3つを失った。
ただし、失うことがすべて悪いとは思っていない。
自分で何かを選ぶということは、何かを手放すことでもあるからだ。
1. 友達を失った
社会人になってから、僕は自分の時間を仕事と成長に投資するようになった。
飲みに行きたい。
なんとなく集まりたい。
昔と同じように付き合いたい。
そういう時間は、二の次にした。
その結果、友達付き合いは悪くなった。
実際に、関係が切れた友達も何人もいる。
誤解を恐れずに言えば、僕は無駄な友達は捨てた。
相手に人としての価値がない、という話ではない。
自分が進みたい方向を考えたときに、なんとなく続いていた関係へ時間を使うことをやめた、ということだ。
僕は仕事で成長したかった。
そのために、限られた時間の投下先を変えた。
失った友達はいる。
一方で、得られた成長も大きかった。
だから、この変化をマイナスには捉えていない。
僕にとっては、必要な新陳代謝だった。
仕事は、人生の大きな割合を占める。
仕事以外に残された時間を、誰と過ごし、何に使うのか。
そこで人生は分かれていく。
2. 自由を失った
学生には、モラトリアムという自由がある。
時間の自由。
何者かにならなくてもいい自由。
大きな責任に縛られない自由。
社会人になると、その自由は減る。
先輩の言葉がある。
会社のルールがある。
株主の意向がある。
そして、果たさなければならない責任がある。
自分の気分だけで時間を使うことはできなくなる。
だから僕は、自由を失った。
ただ、すべての自由が減ったわけではない。
むしろ、増えた自由もある。
成果を出すまでの手段を、自分で選べる場面が増えた。
学生時代より使えるお金が増え、行ける場所や会える人も増えた。
自分の意思を、実際の行動に変えられるようになった。
社会人になると、自由がなくなるのではない。
自由の種類が変わる。
責任を負わなくていい自由を失い、責任の中で選ぶ自由を手に入れる。
3. 正解を失った
学生時代には、正解が用意されている。
テストで100点を取れば正解。
いい点数を取れば正解。
いい大学に行けば正解。
目指す場所は、あらかじめ決められている。
周りと比較しながら点数を出せば、評価される。
しかし、社会人になると、その正解がなくなる。
僕も1年目の頃は、正解を探し続けていた。
どうすれば代表に認められるのか。
どうやれば評価されるのか。
何を選べば正解なのか。
ずっと探した。
それでも、まったく分からなかった。
当たり前だった。
そもそも、探していた正解が存在しなかったからだ。
それに気づいてから、自分で決めて頑張ろうと決意した。
ただ、分かったからといって、すぐにできたわけではない。
自分で決めること。
決めたことをやり切ること。
その結果に責任を持つこと。
どれも難しかった。
体現できるようになってきたと感じたのは、社会人6〜7年目あたりからだ。
会社の数字に責任を持つようになった。
7人の部下を持ち、それぞれに成果を出させなければならなくなった。
そこで初めて、誰かが正解を渡してくれるのを待ってはいられないと、腹の底から理解した。
責任を持つとは、自分で決めることだ。
そして、自分が選んだ道を正解に変えることだ。
正解を探す前に、やるべきこと
就活生や新社会人の皆さんに、伝えたいことが3つある。
1. 時間の投下先を決める
社会人になれば、仕事が生活の中に入ってくる。
すべてを選ぶことはできない。
誰と過ごすのか。
何を学ぶのか。
どこに自分の時間を使うのか。
まず、自分で決める。
2. 誰かの正解を探すのをやめる
先輩の正解が、自分の正解とは限らない。
会社の評価だけを追っても、自分の進む道は決まらない。
借り物の正解を集めるのではなく、小さなことでも自分の意思で決める経験を持つ。
3. 選んだ道を正解に変える
意思決定は、選んだ瞬間には正解でも不正解でもない。
決めた後にどう動くか。
どこまでやり切るか。
結果にどこまで責任を持つか。
それによって、選択は正解に変わっていく。
失うことは、選ぶことだ
社会人になれば、失うものはある。
僕は友達を失った。
自由を失った。
そして、正解を失った。
でも、それはただ奪われたという話ではない。
自分の人生を自分で選ぶために、手放したものでもある。
正解を探すんじゃないよ。
自分でどこに、どれぐらいの時間を投下するのか。
何を正解とするのか。
それを、自分で決めなきゃいけないんだよ。
そして決めたなら、その選択を自分の手で正解に変えていく。
それが、社会人になるということだと僕は思う。